P・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」考察、感想、ネタバレ [感想]

ディックの本は初めて読んだことになるが、とても乾いた文体が印象に残った。だが、どうにもそれだけな感じもした。というのも時代がいま一つ合わなかったのかもしれないというのが正直なところ。これをリアルタイムに読んでいた私の父は絶賛していたが、私としては肌に合わなかった部分も大きい。
―できたら近いうちにまた読んでみようと思う。今回はだらだら読んでいたせいか、発見が少なかった。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))


とは言っても、考察などは書いていく。

バウンティハンターのリック・デッカードは不法入国したアンドロイド「ネクサス6型」を8体処理することになった―、これだけで簡単なあらすじになるだろうと思うのでこれだけ書いておく。
前述したように乾いた文章は世界観をよく表していたと思う。というのも、この世界は核戦争後の放射能に満ちた世界で人間は大体他の星に引っ越しちゃった後の地球のお話なのだ。世界は荒廃しきって、文章自体がもはや悲哀な感情をこめている。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と手塚治。
この小説ではアンドロイドと人間が登場する。一般的に(恐らく特に日本では)この二つは対比されるものとして描かかれることが多いのではないだろうか。というのも、日本では手塚治がそういった視点から徹底的に漫画を描き尽くし、現代でも彼の影響を受けた多くのクリエイターがそれを参考にした物語を作り出し、また彼自身の漫画をリバイバルとしてアニメ化したりしている。もちろん、言うまでも無く漫画は現代でも未だ売れている。こういった視点から私は読み進めていったのがまず大きな間違いだったのかもしれない。というのも、この作品では対比というよりはアンドロイドと人間を同列に扱っているのが読んでいるとよくわかる。物語の中では人間とアンドロイドに区別がほとんどない。アンドロイドも「人間らしさ」を持っているし、人間も「アンドロイドらしさ」というものを持っているのだ。
そんな世界でそれを読む我々「人間」に思い知らされるのが、「真摯さ」や「親切さ」のようなものではないだろうか。私はこれを読み終わってしばらく考えているうちにそんなことを考えた。
手塚治が根底的な「愛」などについて描くなら、こちらはもっとより日常的な感情について語っている気がする。
SFなのに、どうにも身近な雰囲気がある。それがこの作品の特徴なのかもしれない。だからどうにも同じSF物語として読む前から同列に並べていると、どこに感動したらよいか、どんな気持ちで読めばいいかわからなくなってしまう。それが今回の反省点だ。
流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

というか、私はこんなことが書きたいのではないのだ!もっとこの作品のいいところを見つけて、私自身もこの作品を楽しんで太鼓判を押したいのだ!(笑)
左の画像は同じくディックの「流れよわが涙、と警官は言った」です。これもそのうち読むさ。けどその前にもう一度こっちを読み返したいね。流れよわが涙、だから、涙を流したくても流せない警官の話なのか?と妄想しつつ、今日はこれからアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」を読見始めようと思います。
あぁ、そうだ、今年の芥川賞の「きことわ」も読んだので、近いうちにまた感想を書きます。では。
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